2011年 03月 06日
地蔵山から蔵王ダム ~ 2011年2月27日
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山域山名   蔵王連峰 地蔵岳(1,736m)
山行期間   2011年2月27日(日)
山行形態   山スキー
地形図    笹谷峠・蔵王山
天候      晴れ
参加者    4人(L:加○さん、高○さん、鈴○さん、トラ山)
行程      白石(6:00)=車デポ地点(7:10)=山形蔵王スキー場(7:50)=山頂駅(8:35)~地蔵山(8:48-9:00)~
         コーボルトヒュッテ(9:06)~事故発生(10:30)~ロボット雨量計(11:40)~鍋倉不動(12:50)~
         葉ノ木沢堰堤(16:30-17:35)~蔵王ダム管理所(18:34)=車デポ地点(18:42)
行動時間   約10時間(歩行分)
移動距離   8.4km(ダム管理所まで)
累積標高差 +342m -1,401m
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2月27日は加○さんから蔵王ダムルートの提案があった。数ある蔵王の山スキールートの中でも今期滑ってみたいルートのひとつがこのルートだった。蔵王ダムルートは地蔵岳から蔵王ダムに向けて滑るのだが、地蔵山に至る方法はいくつかあるが、今回当初は蔵王ライザスキー場を利用して熊野岳から地蔵山へと縦走する予定だったが、メンバーの都合により蔵王スキー場からのアプローチに変更となった。蔵王スキー場からはロープウェイで地蔵山のすぐ下まで運んでもらえる。地蔵岳からは下り一辺倒であり、山スキーにしてはほとんど登ることもないので楽なルートになる、と思っていたのだが…





                         林道の通行止めバリケード
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白石を午前6時に加○さんと出発。途中で他の2名と合流し、笹谷ICから高速に乗り1区間だけ走ると関沢ICから国道286号へ。馬見ヶ崎川を渡ったところで左折し宝沢集落へ入り蔵王ダムを目指す。しかし、駐車予定だった蔵王ダムの管理所よりだいぶ手前の不動沢を渡るあたりで、通行止めのバリケードに行く手を阻まれる。看板があり雪崩のため通行止めとのこと。仕方なく左手の駐車スペースに車を1台デポする。帰りは長い林道歩きになりそうだ。もう1台に乗り合わせて山形蔵王スキー場へ移動する。以前はロープウェイの乗車券を買うのにもまず整理券を貰ってずいぶん待たされたのだが、今はすぐ乗車券が買えてしまい隔世の感がある。樹氷高原駅で乗り換え地蔵山頂駅までの標高差800m以上を1,400円で運んで貰える。ロープウェイから眺める樹氷は、このところの暖かさで少し氷が落ちたようだがまだまだ見られる状態で、昨日見た宮城蔵王の樹氷より状態が良かった。

                         地蔵山へと登る
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                         樹氷もまだ見ることが出来る
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                         眼下に見える雁戸山の方向へ滑り出す
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                         オープンバーンを滑る
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                         右上にコーボルトヒュッテ
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樹氷見物の観光客と一緒に山頂駅を出るとすぐ右手が地蔵山だ。標高差はわずか70mで、今日のコースの中ではここの登りがほとんど唯一の登りらしい登りだ。地蔵山へはスキーにシールを貼らずにツボ足で登る。山頂駅ではあまり感じられなかった風も、山頂に登ればかなりの強風となって吹いている。今日は期待以上の好天で朝日連峰がくっきりと見える。これから滑る方向には雁戸山がよく見えている。準備を終えると北東斜面のオープンバーンを思い思いに滑り降りる。ほどよく新雪の乗った斜面で滑りやすい。オオシラビソの樹林帯に入り沢状の地形をたどると、右上に山形大学山岳部の小屋コーボルトヒュッテが見えた。

                         オオシラビソの樹林帯を滑る
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                         抜けるような青空
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                         振り返ると熊野岳がまぶしい
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                         沢地形を滑る
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                         ツリーランを楽しむ
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雪は軟らかくて気持ちよく滑っていける。このままではたちまち滑り降りてしまいそうでもったいない。今日はせっかくの抜けるような青空だ。休憩を取りながらゆっくり滑っていくことにする。加○さんはこのルートが2回目だが、降りる尾根を慎重に確認しながら誘導してくれる。沢が徐々に深くなってきたところで八方沢に入り込まぬよう左側の尾根に乗り、概ね夏道のラインをたどる。このあたりから徐々にミズナラなどの疎林になるが、日の当たるところの雪は少し重くなりややモナカになってくる。それでも明るい樹林帯でのツリーランは楽しい。

                         スキー板のソリで搬送することにした
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平坦な箇所の後にちょっとした段差を加○さんに続いて滑ると、斜面の途中に木があり左にターンして避けた。この木がこの後に起きる出来事のきっかけになるとは思いもよらなかった。先の平坦地で待っていた加○さんに追いつくと熊棚があったので撮影をしていると、後方でなにやら起きた様子。見てみれば先ほどの木の根元で高○さんが倒れていて、後続の鈴○さんが脇に立っていた。転倒したのだとわかったが、この時点では加○さんも私も大したことはないだろうと思っていた。しかし、なかなか起き上がらないので戻ってみると、木の根もとで横座りのように高○さんが動けないでいた。右足の膝下あたりを手で押さえていた本人が、少し休めば動けるのではないかと言うのでしばらく様子を見ることにする。平坦部から段差に滑り込んで木を左にターンして避けるつもりだったが、予想外にスキーが曲がらず木にぶつかったという。この時点では我々も打撲程度だろうと考えていた。しかし、しばらくして肩を貸して立ち上がっても体重すらかけられない。膝下の打ったところを見てみるとだいぶ腫れてきたようだ。指で押しても激痛というほどの痛みではないという。骨折かもしれないとも考えたが、素人ゆえ判断が付かない。本人がテーピングすれば歩けるかもと言うのでそうしたが、もちろん歩けるはずもなかった。後で考えるとこの時点で副木を施すべきだった。さすがに我々もまずいことになったという気持ちになってきた。

                         ソリを引く
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いずれにしても、救助を要請するか自力で下山を試みるしかない状況になったのは確かだ。まだ午前11時前ではあるが、救助を頼んでも地上から救助隊に来てもらうのでは時間がかかり、今日明るいうちに下ろすのはかなり困難に思えた。そうなればヘリか自力下山しかない。ケガをした本人も含めて我々にはヘリコプターに頼ることにためらいがあった。世間では大したことでなくとも簡単にヘリコプターを呼ぶ登山者もいるようだ。しかし、4人とも山屋のはしくれとして簡単にヘリを要請することは出来なかった。大げさにしたくないという気持ちもあった。時間もまだ昼前であり、自らの力で下りようと、いや、十分下ろせると考えたのだ。下ろす方法を考えたが、スキーでソリを作り乗ってもらうしかないと思った。これまでスキーでソリを作ったことなど無いが、何とかできそうに思えたのだ。6mm×10mのロープを持っていたので、高○さんと私のスキーを並べ、ストックを横の繋ぎにしてロープで連結した。いつもザックの底に入れておいたロープだが、こうして役に立ったのは初めてのことだ。加○さんが高○さんのザックと鈴○さんのスキーを担いでルート確認のため先行し、鈴○さんと私でソリを引くことにした。いざソリを引き始めると、トレースのない柔らかくて湿った雪は抵抗が大きいため、力を入れて引き続けなければすぐ止まってしまう。人が乗っていないのでスキーのストッパーが底面より出ていることも、抵抗が大きくなる原因になっている。前方には雁戸山が見えているが、その姿を眺める余裕など無い。とにかく引き続けるしかないのだ。

                         ロボット雨量計のあたりは上空が開けている
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引きはじめて少ししてロボット雨量計のある場所に来た。ここは平坦地で樹林が薄く、ヘリでのピックアップには条件がそろっているように思えた。携帯で連絡出来る場所まで移動すれば救助要請ができる。しかし、まだまだ元気な我々はさらに前へと進んでいった。本来ならツリーランを楽しめたであろう適度な勾配の斜面も、今はただソリを引く重労働に喘ぐ男達のいる山中でしかない。引いては休み、休んでは引きでなかなか距離が進まない。ソリの弱点もわかってきた。斜面のトラバースが難しいのだ。片傾斜でソリを引くとどうしても斜面下に向いてしまい、方向修正に苦労してしまう。しかも乗っている人が転げ落ちる危険も出てくる。そんな時は距離は長くなるが、斜面を真っ直ぐ下り方向転換して真っ直ぐ進むことにした。鍋倉不動の少し手前で大休止とする。既に時間は午後1時が近づいている。想定よりも進んでいない。疲労も蓄積してきた。これまで進んだ距離とこれから進まねばならない距離を考えると、暗くなるまでに車のデポ地まで到達するのはかなり厳しいことに思えてきた。我々が休んでいる間にも高○さんは、ソリに頼らず自力で「いざり」ながら少しずつ進んでいる。痛みもあるだろうに何という頑張りだ。

ここで初めて応援要請をすることとなり、鈴○さんが所属の山岳会へ携帯で連絡を試みたところ、なんとか繋がったようだ。何度か電話でのやり取りを行い、直ぐ動ける2名が車のデポ地から登ってくることとなった。私はソリの手直しをしていて、ストッパーを上げることに成功した。これでだいぶ抵抗が少なくなると思われた。ソリの手直しの間、鈴○さんは銀マットとレスキューシートをソリ代わりに試みたが、破れてしまってあまり上手くいかなかった。再びソリに乗せて引いたが、かなりの急斜面に行き着くと高○さんにソリを下りてもらうしかなかった。この急斜面では、鈴○さんが高○さんを横から支え、私が雪に手を打ち込み、その手に高○さんの左足を乗せてもらいながら少しずつ下っていった。左足1本で下りる高○さんにも相当疲労が蓄積してきたようだが、なんともいたしかたなかった。滑ったらもはや自分では止めようが無いのだから。ヤセ尾根では雪にうねりがあったり、緩いながらも登り勾配の箇所もあった。そんなところは私が高○さんの下に入り、四つん這いで持ち上げたり、3人がかりでソリを引いたりして進むしかなかった。晴れていた空も徐々に雲が広がってきた。少々心細くなってくるが、下から応援隊が向かっているという事実が励ましになっている。私以外の3人が属する白峰会では、会長宅に連絡本部が設置され各方面との連絡が行われていたようだ。私も自分の属する福島登高会の会長に連絡を入れていたが、既に白峰会で動いていることもあり、状況報告のみで応援要請は行わなかった。

                         葉ノ木沢の堰堤
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応援のメンバーから連絡が入るようになり、葉ノ木沢の堰堤まで下りてヘリで吊り上げてもらうことになった。そこまで水平距離ではあと少しとなり、尾根から小沢に下りて移動することとした。しかしこれはあまり良い方法ではなかった。やはり沢は凹凸や急な箇所があり進みにくい。両岸も急斜面でトラバースが困難だ。難儀していると応援隊2名と合流した加○さんが下りてきた。午後4時も近いので急いで作業をする。応援隊は持ってきたブルーシートで、カラビナとシュリンゲを利用し応急ハンモックのようなものを作り、5人がかりで急斜面をトラバースすることにした。安全地帯で沢床に下ろし、ブルーシートのソリで引くのは人数もいるので楽だった。それほど時間もかからず堰堤に到着。時刻は既に午後4時30分になっていた。なんと6時間近くにもおよぶ搬送時間となった。後でGPSデータで確認すると、下ろした標高差は約400m、水平距離は2km以上にもなっていた。私と共にソリを引いた鈴○さんは私よりかなり年上なのだが、疲れも見せず最後まで頑張り通した。その体力と精神力には敬服してしまう。応援隊が警察と消防との連絡を取り、ヘリで吊り上げるポイントを説明している。その間に我々は沢に戻り、置いてきた荷物を取ってきた。高○さんには行動食を食べてもらい、寒くなってきたのでツェルトでくるむ。

                         消防防災ヘリ「もがみ」
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山形県消防防災飛行隊のヘリ「もがみ」が到着したのは、あたりが薄暗くなり始めた午後5時35分頃だった。皆でヘッデンを点灯し合図を送る。ヘリは上空でピタリとホバリングすると救急隊員が降りてくる。2名の隊員で手際よく作業をすると、たちまち高○さんが吊り上げられヘリの機内に収容されていく。エンジン音が高くなると機首を返し、ヘリポートのある山形中央病院へと飛んでいった。最大速度324キロの「もがみ」は、山形県全域を20分以内でカバーできるという。ヘリの機動力はなんとも凄いものである。とにかくこれで一安心だ。それにしてもギリギリだった。ヘリによる緊急搬送は有視界飛行が可能な状況でしか行えない。もう少し遅ければ暗くなりアウトであった。

今度は我々が下山しなければならない。各自ヘッデンを点けて蔵王ダム沿いの林道を歩き始めた。この林道は緩やかに下っていくのだが、途中何箇所も雪崩で埋まっていてトラバースしなければならなかった。もし足を滑らせれば暗いダムの湖面に沈んでしまう可能性もある。緊張の連続であった。ソリを引いている私は皆から徐々に遅れてしまい、暗い中1人で歩くことになったのでなおさら心細かった。やっとダムの管理所に着くと、警察と消防の関係者が待ちかまえていた。先に着いた者から身元確認など聞かれていて、私も直ぐ聞かれることとなった。その後、今朝車をデポしたところまで応援隊の車で下るが、その距離が思いのほか長いことに驚く。林道の雪崩といい、距離の長さといい、たとえもっと早く堰堤まで下山できたとしても、この日のうちに人の力だけで車までたどり着くことは不可能であったろうと思われる。夜間にけが人を抱えて雪崩箇所のトラバースは危険きわまりないどころか無謀である。堰堤のところでビバークしたとしても、翌日我々だけで下ろすことは無理であったろう。

その後は山形警察署に出向き事情聴取を受けた。ルート、行動計画、装備などこと細かく聞かれた。我々はそれなりの装備を持っていたので、その面でのおとがめはなかった。約1時間で終わり、救出の御礼と迷惑をかけたことの謝罪をし、山形スキー場へ私の車を取りに向かった。その後、山形中央病院へ行き高○さんが病室に落ち着くまで確認してから帰路についた。帰宅できたのは午後11時半頃。何とか当日中に帰宅できたのは幸いだった。我々にとって長い1日がやっと終わったのだ。

さて、今回の出来事における反省点は多い。まず、救助要請はもっと早く行うべきだった。我々にはヘリによる救助は安易にするべきで無いという意識があった。ヘリは最後の手段という考え方だ。ビバークしても何としても自力で下ろすという覚悟であればそれもありだろう。しかし、けが人の負担を考えればいち早く治療を受けるのが一番良いはずであり、そのためにはためらう必要はないのではないかと思う。救助できるヘリといえば自衛隊のヘリしかなかった時代ではないのだ。各県に防災消防ヘリが配備される時代になっているのだから。ちなみに山形県は北に鳥海山、南に西吾妻山を始め蔵王や月山及び東北のアルプスといわれる朝日・飯豊両連峰など名だたる秀峰に囲まれているため、「もがみ」の緊急搬送も山岳救助が8割を占めるという。もちろん、風邪程度の病気で救急車を呼びひんしゅくを買う輩がいるように、山でちょっと歩けなくなったからとヘリを簡単に利用することがあってはならない。このあたりは判断が難しいところだが、少なくとも骨折などの重傷であればヘリに頼ってもいいのではないだろうか。我々はそういうことの可能な社会を目指し、現実にそうなってきたのだから。警察にももっと早く救助要請をするべきだったのではないかと言われた。ただし言えることは、いざ自分が当事者になったとき的確に判断することはなかなか難しいということだ。

また、我々には蔵王ダム沿いの林道に関する情報が不足していた。雪崩の状況を知っていれば自力で下ろすことは早いうちに諦めたであろう。特に今回のように歩く者も少ないルートは、もっと事前にできうる限りの情報を集める努力が必要だと感じた。私も今回はリーダー任せにしてしまっていたところがある。もしリーダーが怪我をしたり意識を失った場合はどうなるのであろうか。ただしものごとには限りがある。すべてのことに完璧に対処することはできない。しかしそれでも、日頃からシミュレーションを行い、ひとつひとつの装備の役割と使い方に習熟すれば、自ずとその時の状況に応じた最善の対処の仕方が見えてくるであろう。

それから一番必要だと思うことは、パーティーであっても一人一人が常に単独行者の意識を持つことだろう。「ソロ」でそのルートをこなす力量と技術を持っている者がパーティーを組むのが理想なのだ。しかし現実はなかなかそうはいかないから、意識としてそうあろうとすることが大事ではないかと思う。もともとこのブログの題名である「ソロで生きる」には、そういう意味合いも込めていたのだ。しかし私の中で、いつしかそんな気概が薄れてきたのかもしれない。ある方からはいい経験をしたと言われた。今回のことを自分の糧にできるのであれば、まさに「良い経験」になるであろう。今回は運が良かったともいえる。天候が崩れたら、携帯が通じなかったら、仲間に連絡が付かなかったら、装備が足りなかったら、何かひとつ欠けていてもヘリでの緊急搬送はできなかった。感謝である。

高○さんは無事手術を終え、3月10日現在順調に回復している。最後に、お世話になった皆さんにあらためて御礼を申し上げます。

                         ルート図
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by torasan-819 | 2011-03-06 16:32 | 山スキー | Comments(2)
Commented by tabi-syashin at 2015-01-29 15:24
僕は人以上にスキーのデメリットをよくよく知ってます。

このページの蔵王ダムでの事故とセルフレスキューを読ませていただきました。重要なことは「判断」ですね 次に「セルフレスキュー」です。尤も 見逃しがちなことは「山岳滑走時の事故」、、、じつはYMCAもやってますよ(笑) 焼石の山頂からツブ沼までソリをつくって下ろしました。

携帯電話の普及していない時代です。泉水沼付近でスノーモビルが走り回っていて それに苦虫噛んでいた矢先の事故でしたから・・・、僕らの意に反してスノーモビルに頼み込んで下ろしてもらおうか などと 瞬時の迷いもありました。

でも・・・セルフレスキューでしたね リーダーの決定は。。。エンエン6時間だったか?曳いて下ろしました。皆 矛盾に気づいて自力搬送となりました。顛末は別記事にして掲載しました。
Commented by torasan-819 at 2015-01-29 23:28
tabi-syashinさん
古い記事を読んでいただいて有り難うございます。この時は山スキーを始めてまだ2シーズン目でしたので、私の山スキー経験値は初心者レベルでした。もっとも今でもたいして進歩していませんが。記事にも書いてあるとおり、この時のリーダーも含めて迷いましたね。その結果、時間もあるからということでのセルフレスキューでしたが、結果的には判断が甘かったということです。延々6時間曳いて時間切れでのヘリ搬送でした。携帯が通じなければ確実にビバークでした。別記事を読ませていただきます。


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