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2014年 11月 30日
山岳映画「エベレスト 若きクライマーの挑戦」
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カナダ人がエベレストに初登頂したのは1982年のことらしい。その過程をテレビ映画にしたのが「エベレスト 若きクライマーの挑戦」で、DVDになっているのでレンタルした。今は自宅にいてポチッとするだけで2日後には届くので、楽ではあるがある意味堕落でもある。

以下は「山と溪谷」の紹介文を転載
 「訓練で仲間が滑落死した悲しみを乗り越え、1982年にカナダ人登山隊がエベレストをめざす。悪天候、雪崩、クレバスといった厳しい自然が彼らの行く手を阻む。さらに隊長への不満、ベテラン登山家のリタイアなど、隊の結束にも暗雲が立ち込める。ようやく目前に迫った頂上、しかし隊員全員分の酸素ボンベはない。過酷な試練に立ち向かい、いかにして彼らはエベレトスの頂にたどり着くのか。実際の雪山で8カ月に及ぶ撮影を行なった臨場感あふれる映像が見る者をひきつける。」

さて、1982年当時のエベレストの状況はというと、既にバリエーションルートや無酸素での登頂がなされていた。カナダ隊の酸素使用でのノーマルルートでは、登山界としては記録性も無かったと思うが、登頂の経緯も含めてカナダ国内では世間の関心もあったことなのだろう。標高7000m辺りで笑いながら走るシーンがあったりと、おやおやという部分があちこちにあるのだが、これはこれで娯楽作品として観ればそれなりに面白かった。

by torasan-819 | 2014-11-30 17:32 | 映画 | Comments(0)
2014年 11月 26日
初冬の豪士山に登る ~ 2014年11月24日
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豪士山は山形と福島の県境尾根にある、1000mちょっとの低山である。山頂北側に豪士峠があり、古くから福島と山形を繋ぐ道があったという。人々の往来が途絶えて久しく、尾根道も定かではなくなっていたらしいが、近年地元の人達の努力により整備が進められたようだ。そんな山を職場の若い同僚と訪ねてみた。なお、足元は沢の渡渉や雪を想定し、低山では万能靴である長靴とした。
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  山域山名   栗子山塊 豪士山(1,022.4m) 江の沢山(949.7m)
  山行期間   2014年11月24日(月)
  山行形態   無雪期一般登山
  天候      晴れ
  参加者    2名(L:トラ山・洋○ちゃん)
  行程      豪士山登山口9:40~豪士峠11:10~豪士山11:28-11:43~豪士峠11:53~江の沢山12:25~
          中ノ沢峠12:46-13:17~中ノ沢登山口13:44~豪士山登山口14:10
  行動時間   4時間30分
  移動距離   10.6km (GPS計測)
  累積標高差 1,075m (GPS計測)
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by torasan-819 | 2014-11-26 00:28 | | Comments(2)
2014年 11月 22日
ヤマの映画「坑道の記憶」
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ヤマの映画を見てきた。山の映画ではない。炭鉱(炭坑)のことを「ヤマ」というのだ。映画の副題に「炭坑絵師・山本作兵衛」とある。山本作兵衛は明治25(1892)年5月17日に福岡県で生まれた。15歳で炭坑夫となり、以後約50年間の炭坑夫を続けた。幼少期から絵心はあったようだが、絵を描くようになったのは昭和32(1957)年に高山事務所の夜警宿直員になってからである。以来、昭和59(1984)年に92歳で没するまで、1000枚以上の炭坑記録画を描き続けた。描き始めた理由は、孫たちにヤマの生活やヤマの作業や人情を書き残しておこうと思ったからだという。山本作兵衛の絵はやがて人の目に留まることとなり、出版されマスコミでも取り上げられるようになっていく。2011年には山本作兵衛の絵や日記など697点が、ユネスコの世界記憶遺産に登録された。この映画は炭坑絵師となった山本作兵衛を追ったドキュメンタリーである。

いい映画を見たと思う。感動した。なぜか知らぬが何度も頬を濡らした。山本作兵衛の描く絵は、本人が長く経験し見てきた炭坑のありのままの姿だ。日々炭坑での労働に明け暮れた、名も無き男が見てきた日常の記録だ。しかし、それが胸を打つのである。決して上手い絵というわけではないが、できうる限り詳細にかつ正確に描いて後世に残したいという、山本作兵衛の思いが伝わってくる。絵を通して当時の炭坑の生活、炭坑の社会が偲ばれる。そこにあったのは懸命に生きていた人々の生活であり、日常の喜怒哀楽である。まさしく「生きる」という日々の営みがあったのだ。それはまた現代においては、境遇は様々であってもこの世のほとんどの人々のことであり、自分自身のことでもある。炭坑作業の絵を透かした向こうに見えてくるものは、自分自身の日々の営みでもある。絵の中の炭坑夫に自分自身が投影され重ね合わされる。人々の生活も営みも思いも、すべてはやがて消えていく。儚いといえば儚く、哀れといえば哀れである。山本作兵衛もそう感じ、絵を残そうとしたのであろうか。共感が静かに深く体を満たす、そんな映画であった。

by torasan-819 | 2014-11-22 17:18 | 映画 | Comments(0)
2014年 11月 17日
山岳映画「運命を分けたザイル2」
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奇跡の生還を果たしたジョーは、以前のようには歩けなくなるという医者の言葉とは裏腹に、6度の手術を繰り返しハビリを続けて登山に復帰するまでになっていた。しかし、山には登り始めたものの、以前とは何かが違っていることに気付くジョーだった。そのジョーが尊敬する登山家がトニー・クルツだが、彼は1936年にアイガー北壁に挑戦し非業の最期を遂げている。ジョーはトニー・クルツの足跡を追うようにアイガー北壁を訪れ、部分的にだが実際に登る。映画は過去のトニー・クルツと現在のジョーをオーバーラップさせながら、ドキュメンタリータッチでトニーの悲劇を描いていく。トニーもジョーもザイルが生死を分けたのだが、一方は生還し一方は死んだのだ。この悲劇は最近では映画「アイガー北壁」にもなり自分も見たのだが、ナチス政権の国威発揚に利用されていた側面も描いていた「アイガー北壁」とは異なり、この作品はトニー・クルツとそのパーティーを淡々と描いているのが印象的だった。登山はたとえパーティーで登ったにせよ、極めて個人的な行為であると再認識した次第。

by torasan-819 | 2014-11-17 23:20 | 映画 | Comments(2)
2014年 11月 17日
山岳映画「運命を分けたザイル」
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=あらすじ=
1985年にアンデス山脈の標高6600mシウラ・グランデの西壁に、意欲的で野心のあるイギリスの若き登山家、ジョーとサイモンが挑戦した。2人は苦闘の末に登頂に成功する。しかし、下山中にジョーが滑落し、片脚を骨折してしまう。高山での大怪我は死をも意味するが、2人はザイルでの下降を試みる。ところが、ジョーが宙吊りとなってしまい、サイモンは究極の選択を迫られる。結局サイモンはザイルを切りジョーは落下していった…

以前から見ようと思っていたが、やっとDVDで見ることができた映画。なんと実話であり、脚色することなくドキュメンタリータッチで映像化している。自分がその場にいるような臨場感があり、息詰まるような緊迫感が続く。当事者のジョーとサイモンが出演し、自らの言葉で語っているのもより現実味が増している。ザイルを切った側と切られた側には、はたしてどのような感情があるのだろうか。そのような極限状態になったことはないし想像もできないのだが、映画の中の2人は穏やかでお互いを理解し許し合っているように見える。ジョーが自力で生還する過程が凄まじいが、その精神力の強さはどこから来るのだろうか。もし自分だったらと思うと、あっさり諦めてしまいそうに思える。シウラ・グランデ西壁の映像は圧巻で一見の価値あり。映画の中で「事故の80%は下山途中に起きる」とあったのが印象的。

by torasan-819 | 2014-11-17 00:05 | 映画 | Comments(0)
2014年 11月 16日
青麻山トレーニング ~ 2014年11月15日
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息子のサッカー試合を観戦してからトレーニングへ。日の短いこの時期に暗くなるまでに下山できるのは、自宅から近い青麻山くらいしかない。無線中継所に車を止め、慣れ親しんだ急登を駆け上がる。今日で青麻山は27回目となる。すっかり葉の落ちた林は見通しが良くなって明るく、山頂からの眺めも良かった。体力維持のための山行とはいえ、山に登るのはやはり楽しい。
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 山域山名   青麻山(799.5m)
 山行期間   2014年11月15日(土)
 山行形態   トレーニング登山
 天候      晴れ
 参加者    単独
 行程      無線中継所15:45~青麻山16:14-16:16~無線中継所16:31
 行動時間   46分
 移動距離   約3.4km
 累積標高差 約±370m
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by torasan-819 | 2014-11-16 07:05 | | Comments(2)
2014年 11月 10日
雪崩講習会
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11月9日は午後から福島県郡山市で開催された「雪崩学入門机上講座」を受講してきました。
講師の鈴木孝氏による最先端の実地理論で、非常に内容が濃く4時間半の講義時間では全然足りないほど。
私は山スキーを始めて5シーズンを滑りましたが、幸い大きな事故にも遭わずに何とかこれまでやってきました。
でも、滑れば滑るほど慣れるどころか雪崩が恐くなってきます。
今回は何もなかったが、次回もそうだとは誰も保証はできないのです。
それでも山スキーをやるのは、リスクがあったとしても大自然と向き合える魅力があるからですが。
鈴木氏がいみじくも言ってました、「雪崩の予測は難しい、専門家でも6割、我々では5割もいかない」と。
我々にできることは最大限備えることと、少しでも危ないと感じたら行かないことでしょう。

同じ講座が仙台市でも今月30日に行われます。
http://mwaf.jp/rescue/2014/10/2015113022229.php
冬山登山、バックカントリーをやる方は是非受講してもらいたい内容です。
なお、日本雪崩ネットワークが開催する雪崩安全セミナーもあります。



by torasan-819 | 2014-11-10 20:56 | | Comments(4)
2014年 11月 09日
駆け足で巡る南蔵王周回コース ~ 2014年11月8日
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10月後半より11月中は公私ともにイベントが多く、なかなか山に行く時間が取れないでいる。3週間も平地での生活にどっぷりと浸かり、毎晩の晩酌も欠かさないとあれば、ウエスト回りの贅肉が増えてきたのが実感できるようになる。体力の維持も考えると毎週コンスタントに登りたい。しかし、そうもいかない事情がある。この11月8日も午前中は所用があったのだが、幸い昼前にすんなり終わった。空いた午後からの半日を無為に過ごす訳にはいかないとばかりに、急きょ地元の南蔵王に登ることにした。登山口までは我が家から30分とかからない。白石スキー場へと車を飛ばすと、途中で山仲間とスライド。バックして話すと馬ノ神岳に登ってきたとのこと。ちょっとそそられたが、今日は水引入道に登ることにした。

白石スキー場の駐車場に車を置き、神嶺林道を歩いてジャンボリーコースから登る。水引入道へはいつもならコガ沢沿いの水引コースから登るのだが、今日は変化をつけてジャンボリーコースにした。下りでは何度か歩いたことのあるこのコースだが、無雪期の登りでは初めてとなる。尾根を辿るこのコースは、距離が長い分穏やかな登りが続く。すっかり葉が落ちたナラの森は見通しが良く明るい。汗がしたたり落ちTシャツ一枚になる。ソロなので淡々と登るのだが、何も考えないというわけではなく、脳裏にはいろいろと浮かんでは消える。自分も俗人なので、それなりに煩悩がある凡人なのだ。水引入道の山頂までに2人の単独男性とスライド。2人目の男性が至極怪訝そうな目で見るので、何か?と声をかけた。この時間にこのコースを登ってくるので訝しく思ったらしい。自分にとっては珍しいことではないのだと話したが、そう思われても仕方がないとは思う。福島県伊達市から来たというこの男性は、ほとんど単独で近場の山を登っているらしく、以前は山スキーもやっていたのだという。ちょっと自分と同じ匂いのする男性と、5分ほどの立ち話を楽しんだ。

水引入道の山頂を通り過ぎ、いったん水引平のコルへ下ると縦走路のある主稜線へと登り返す。標高1600mを越えると登山道に所々雪が残っている。半分融けたところでは運動靴に水が浸みて冷たい。やはり長靴にするべきだったかと思ってももう遅い。コルから200mの標高差を一気に登り、稜線の分岐を左に折れる。少しぬかるむ縦走路を早足で南屏風岳へ。さすがにTシャツ1枚では寒くなり、ウインドブレーカーを羽織る。寒くて寂しい山頂のようだが、久しぶりの自分は思わずにはいられない。山は良い実に良いと。さて、今日は登山開始が遅かったので、下山はヘッデン覚悟で登ってきた。しかし、できれば暗くなる前に下山したいので先を急ぐ。不忘山頂を通り過ぎスキー場へと下る。このコースは赤土で大変滑りやすい区間がある。やっとこの頃補修工事が始まったようだが、出来上がったのはまだまだ部分的である。すぐスリップするのであまりペースは上がらない。それでも何とか、暗くなる前にスキー場に到着することができた。それから20分ほどで、あっという間にヘッデンが必要なほど暗くなる。体力維持の駆け足山行はちょっと味気ない。しかし、数時間でも山に登れただけで自分は幸せなのである。


 山域山名   蔵王連峰 水引入道(1,656m) 南屏風岳(1,810m) 不忘山(1,705m)
 山行期間   2014年11月8日(土)
 山行形態   無雪期一般登山
 天候      曇り時々晴れ
 参加者    単独
 行程      白石スキー場12:55~登山口13:09~水引入道14:30~縦走路分岐14:55~南屏風岳15:10~
          不忘山15:26~白石スキー場16:18
 行動時間   3時間23分
 移動距離   約12.9km (カシミール計測)
 累積標高差 約1,170m (カシミール計測)



その他の画像

by torasan-819 | 2014-11-09 23:23 | | Comments(6)
2014年 11月 08日
読書「山小屋からの贈りもの」
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高桑信一氏は沢屋にして渓流釣師、カメラマンにして渓流ガイド、山村文化にも造詣が深いフリーライターだ。本書は飯豊連峰の避難小屋のひとつである門内小屋で、2012年の7月に小屋番をしたときのことを綴ったものである。自分にも馴染みのある門内小屋だが、あいにく泊まったことはない。縦走か山スキーの時に一時利用させていただいただけである。飯豊連峰の各避難小屋は夏山や紅葉シーズンに管理人が入る。その管理人は地元山岳会などのメンバーが務めるらしいのだが、ひょんなことから高桑氏が小屋番を経験することになった。山小屋それも避難小屋ということで、営業小屋ともまた違う「日常」がある。そんな日々を軽妙と言うか、時折下世話な話題も織り交ぜながらありのままに描いている。そんな文章は好き嫌いが分かれるような気もするが、自分としては十分面白いと思えた。小屋のことや縦走路を行き交う登山者、訪れる仲間との交流など、その風景が自分のことのように脳裏に映像となって浮かんでくるのである。遅読の自分としては珍しく数日で読み終えることができた。山にどっぷり浸かっている人、どっぷり浸かりたい人に読んでもらいたい一冊。



by torasan-819 | 2014-11-08 08:24 | | Comments(4)
2014年 11月 06日
蔵王の火山活動が活発化か?
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 「蔵王は、いつ噴火してもおかしくない活火山であることを認識してほしい。」とは最近の山形地方気象台の担当官の発言だ。昨年1月に火山性微動が確認されており関係者は注目していたようだが、御嶽山の噴火があり行政や関係各機関の動きがにわかに慌ただしくなってきた。
そんな動きとは別に、しばらく前から地元の山仲間の間では「新噴気口」が活発になっているとの話が出ていた。新噴気口とは御釜の北東に比較的新しくできた噴気口で、温泉が湧いており野湯に入ることができる場所としてそこそこ知られている。自分も何度か入ったことがあるが、視界をさえぎる物の無い野湯は開放的で大変気持ちの良いものである。
さて、新噴気口付近から湧出するお湯の温度が上がっていると聞いていたので、11月2日実際に行って確かめてみた。現地に近づくと明らかに蒸気の吹き出す勢いが以前とは違う。硫化水素の臭い(よく硫黄臭というが硫黄は無臭)も強くなっており、斜面を流れ落ちるお湯に手をつけてみると温度も高くなっている。あちこちの噴気口からブクブクと激しく、熱水の中からガスが吹き出していて、確かに以前よりはかなり「活発」であると感じた。
蔵王は1940年に小規模な水蒸気噴火が発生したが、それ以降に噴火は発生していない。過去の大地震の後は必ず火山の噴火があったといわれている。蔵王も噴火するのか、噴火するとすればいつなのか、残念ながらその時を正確に予知することは不可能だ。とすれば火山に近づかないことが、災難を避ける一番の方法とも思える。しかしそれでは、山頂まで観光地化されている蔵王の観光業関係にとって、大打撃となるのは火を見るより明らかだろう。安全が第一ではあるが、悩ましいところである。






by torasan-819 | 2014-11-06 07:48 | | Comments(2)