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2015年 02月 26日
ライザスキー場からの蔵王ダム下り ~ 2015年2月21日
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山スキー2年目の4年前に地蔵山からの蔵王ダム下りを行った。しかし、その時はアクシデントがあり、滑るどころか延々と歩きの時間が長い山行となり、中途半端な思いが残ったままでいた。そのうちにリトライしたいと思いつつも、車をデポしなければならないこともあり4年も経ってしまった。この度やっと機会を得、蔵王ダム下りに向かうことが出来たという次第。

  山域山名   蔵王連峰 熊野岳(1,840.5m)
  山行期間   2015年2月21日(土)
  山行形態   山スキー
  天候      快晴
  参加者    6人(L:トラ山・佐◯・◯樹・藤◯・羽◯・小◯)
  行程      川崎インター6:30=車デポ地点7:20=ライザスキー場8:20=ゲレンデトップ9:00-9:15~熊野岳10:52-11:15~
          コーボルトヒュッテ11:45~休憩11:50-12:12~ロボット雨量計13:33~鍋倉不動13:49~葉ノ木沢堰堤14:52-15:28~
          蔵王ダム管理所15:56~車デポ地点16:38
  行動時間   7時間23分
  移動距離   14.9km (GPS計測)
  累積標高差 +780m -1,790m (GPS計測)



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by torasan-819 | 2015-02-26 03:18 | 山スキー | Comments(10)
2015年 02月 24日
山岳遭難防止対策協議会冬山救助訓練
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2月22日は宮城県山岳遭難防止対策協議会白石支部の冬山救助訓練。4班に分かれ3つの班は、ビーコン捜索、プローブ捜索、スコップによる掘り出しと雪洞掘り、ストレッチャー搬送訓練を実施した。もう1班は、刈田岳避難小屋の点検と備蓄品(ヘルメット、マスク等)の確認、携帯電話の電波状態の確認のためにスキーで登った。最近は蔵王火山が活動を活発化しており、そのことに対する訓練として行われた。いつもの訓練は山遭協隊員と警察署員で行っているのだが、今回は消防本部からも参加があり、総勢40名と結構大がかりな訓練となった。
ストレッチャー搬送訓練では、消防の物と警察で新たに購入した物の2台で行ったが、時間の関係もあり実際に曳いての搬送はほんのさわり程度しか出来なかったのが残念。次回はもう少し本格的な訓練を期待したい。とにかく訓練は反復練習しかない。いざというとき使えるように、自分のスキルを磨いておくことが肝心であろう。とはいえ、訓練は行っても実際の遭難現場で使う機会がないのが一番なのだが。

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by torasan-819 | 2015-02-24 20:47 | | Comments(6)
2015年 02月 19日
読書「それでも わたしは山に登る」
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田部井淳子さんの著作をまともに読むのは、実はこの本が初めてとなる。雑誌のエッセイを読んだり、テレビで話しているのを聞いたことはあるが、記憶にある限りでは著作を読んだことはない。だから田部井さんについての理解も、福島県出身で世界初の女性エベレスト登頂者ということくらいであり、テレビでの印象から気さくなおばちゃん登山家という程度の認識でしかなかった。そういえば、宮城県山岳連盟の記念行事で南蔵王の縦走があったとき、不忘山頂で一度だけ顔を見たことはあったかな。いずれにしてもその程度なのだ。

「それでも わたしは山に登る」は一昨年発刊された本で、図書館で見かけて何のきなしに借りてきた。思ったよりもというと大変失礼になるが、正直なところ読んで良かったと思えた本だった。まず文体が軽妙で気負いが無く、とても読みやすい。野山の花を語るような調子で、エベレストやアンナプルナのことを語る。極めて普通の日常的なことも、極限の環境での出来事も、田部井さんにとってはあたかも同じレベルのことのように思えてしまう。きっとこの方の人柄から来るのだろう。ごく普通でいながら静かにして熱い思いがあり、何より辛抱強く根気強くて忍耐強い。そんなところに、田部井さんの出自である東北の地域性を見てしまうのだが考えすぎだろうか。

本書では海外登山から地元のちょっとした山までの、幅広いエッセイ集となっている。前半では主に海外登山隊での出来事で、華々しい成果の陰に隠れてしまうような、ともすれば隠しておきたくなるような極めて人間臭いイザコザや悶着もエピソードとして書かれている。結局は収まるべきところに収めていくのだが、ぶち壊しにせず隊をまとめていく様子には感心してしまう。後半は東日本大震災での支援、そしてガンが見つかって余命3ヶ月と言われてからのことが描かれている。手術し抗ガン剤での治療をしながら、被災地支援のイベントや取材などに病院から直行することもありながら、淡々とその時自分に出来ることを重ねていく様は、読んでいてあっけにとられてしまう。あまりにもの淡々さに、自分は熱いものがこみ上げてきた。田部井さんはまさに「それでもわたしは山に登る」なのだ。単にポジティブという範囲を超えた、なんというのか今を受け入れつつも前に進むと言ったらいいのか。

田部井さんは人間的な魅力ある方であり、柔軟な思考の持ち主なのだろう。でなければ周囲の協力を取り付け、女子隊をまとめ率い、数々の海外高所登山を成功できはしまい。また、知名度があるとはいえ、被災地支援の輪にこれほど多くの協力者が現れることも無かっただろうと思う。周りを巻き込む力があるのだ。田部井さんは登山だけでなく、人生を軽やかに歩いていく人なんだなあとつくづく思う。とらわれることなく自由である。いやいや彼女だって人間であり、とらわれ縛られることもあるだろう。それでもまるで稜線を吹き渡る風のようだ。でも一番ぴったりな表現は「おばちゃん登山家」。いつまでもそうあって欲しいと思う。

=巻末の文章から=
力尽きるまで自分のペースで楽しく突き進む。
これが私のやり方だ。
生きていることはやっぱり楽しい。
歩くことが生きることだ。
目の前にある今を精一杯過ごすことが、わたしの歴史になってゆくのだと思う。

by torasan-819 | 2015-02-19 20:09 | | Comments(2)
2015年 02月 18日
山登りアーカイブス 2009年2月27日~スノーシュー登山(南蔵王周回)
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初めての周回コースは期待半分不安半分。Kさんとて同じだっただろう。
なにせ2人とも冬山どころか登山自体経験は浅いし、夏道でさえ歩いたことの無かったルートだったのだから。
でも穏やかな日でホント楽しかった。
昼食ではラーメンを食べたっけ。



= 2009年2月27日 =
ネットで山友になったKさんと不忘山に向かった。
天候と体調が良ければ南蔵王の周回コースをとろうかとも考えていた。
今日は二人とも体調は良好、天候も曇りではあるが荒れてはいない。となれば行くしかないだろう。
白石スキー場から不忘山に登り、南屏風岳~水引入道~スキー場の周回コースとした。
午前7時過ぎにスキー場から出発し、戻ってきたのは午後2時過ぎで、約7時間の山行となった。
詳しくはまた日記に書くとして、二人とも初めてのルートだけに大感激であった。
歩行距離約12キロ、累積標高差1270mになり、歩きごたえ十分。
南蔵王の雄大な景色と自然に遊んでもらった1日であった。


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by torasan-819 | 2015-02-18 07:25 | 山登りアーカイブス | Comments(0)
2015年 02月 16日
山岳映画「アンナプルナ南壁 7,400mの男たち」
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アンナプルナはヒマラヤの中央に東西約50 kmにわたって連なる山群の総称で、サンスクリット語で「豊穣の女神」との意味であるという。第1峰(8,091 m)、第2峰(7,937 m)、第3峰(7,555 m)、第4峰(7,525 m)があり、第1峰の高さは世界第10位の高峰である。この山に挑戦するのは世界の中でも限られた登山家である。なぜなら非常に危険度が高いからであり、特に1峰の南壁は標高7500メートルの地点で7キロの長さで尾根を横断しなくてはならず、登るのが非常に難しい最高難度の山とされている。これまでの登山者の死亡率はなんと40%にもなり、別名「キラーマウンテン」と呼ばれているという恐ろしい山である。死亡率からすれば、ある意味エベレストの方がよっぽど「安全」に登頂できる山といえる。

2008年5月にスペインの登山家イナキ・オチョア・デ・オルツァが、アンナプルナの尾根をアタック中に標高7400メートルで高山病になり、行動不能になるという絶望的な状況に陥った。その知らせを受けた世界10ヶ国の12人の登山家は、即座に行動しヒマラヤへと救出に向かった。そのうちの1人ウーリー・ステックは自らのチャレンジを捨てて救出に向かい、いち早くイナキのもとに駆けつけた。結果としてイナキは亡くなったのだが、自らの命も危ぶまれるほどの危険な場所へと救出に向かった彼らの勇気と精神は残った。

それから数年後に、救助活動に参加した12人の登山家を世界各国に訪ね、当時の映像も加えて製作されたのがこのドキュメンタリー映画だ。彼らは知らせを受けるか、自ら知ったとほぼ同時に行動を起こしている。あり得ないことだが、もし自分なら仕事や家庭のことを考え躊躇するだろう。近くの山に救助に行くわけではないのだから。彼らは知っているのだ。イナキがいる場所に今行くことができるのは自分であり、自分しかいないことを。それを友情というのか、連帯感というのか、あるいは使命感とも表現できるのか、高所登山の極限を知り得ない者にとっては、本当のところを知ることはできないのかもしれない。
なお12人の一人、ロシアを代表する登山家アレクセイ・ボロトフは2013年にエベレストで命を落とし、同じ年にウーリー・ステックはアンナプルナ南壁の単独登攀を成功させている。

by torasan-819 | 2015-02-16 20:19 | 映画 | Comments(4)
2015年 02月 13日
東尾根からの箕輪山 ~ 2015年2月11日
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今日は箕輪山に東尾根から登り滑降する計画だ。今日のリーダーの和○さんは数度歩いたことがある(以前の記録のだが、他に記録はほとんど見あたらないルートである。午後から会の打合せがあるので、それまでに戻れる短い所ということで選んだルートでもある。いずれにしても自分にとっては初めてのルートになる。
※ていねいに探したところ、チラホラ記録が見つかった。

  山域山名   安達太良連峰 箕輪山(1,728m)
  山行期間   2015年2月11日(水)
  山行形態   山スキー
  天候      曇りのち晴れ
  参加者    7人(L:和○・菅○・渡○・結○・黒○・森○・トラ山)
  行程      福島5:30=旧115号6:15-6:35~1292m標高点7:37-7:48~箕輪山東尾根8:25~箕輪山9:35~休憩10:53-11:10~旧115号11:18
  行動時間   4時間43分
  移動距離   5.4km (GPS計測)
  累積標高差 ±764m (GPS計測)



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by torasan-819 | 2015-02-13 03:19 | 山スキー | Comments(2)
2015年 02月 08日
快晴の吾妻山西大巓と樹氷 ~ 2015年2月7日
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この時期になると樹氷が気になる。樹氷は東北地方の奥羽山脈の一部山域(八甲田山、八幡平、蔵王連峰、吾妻山)でしか確認されていない。海外でも確認されていないようで、世界的にも珍しい現象なのである。樹氷の最盛期は1月から2月だ。しかしこの時期は厳冬期であり、天候に恵まれることはかなり少ない。ましてや、勤め人の休みに好天が合うことはまれである。今週末の天気予報は悪くないようだ。しかし、平地はそうでも山は違うことも多い。見ることが出来たら儲けものという気持ちで、吾妻山へと向かうことにした。

  山域山名   吾妻山 西大巓(1,981.8m)
  山行期間   2015年2月7日(土)
  山行形態   山スキー
  天候      晴れ
  参加者    7人(L:和○・佐○・都○・高○・渡○・黒○・トラ山)
  行程      スキー場8:30=リフト終点9:35-9:47~西大巓11:25-11:43~休憩12:05-12:20~西吾妻小屋12:48-13:00~
          西大巓13:33-13:45~ゲレンデトップ14:21~スキー場14:38
  行動時間   4時間51分
  移動距離   9.2km (GPS計測)
  累積標高差 +656m -1,211m (GPS計測)




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by torasan-819 | 2015-02-08 06:51 | 山スキー | Comments(14)
2015年 02月 05日
朝駆けで不忘山へ ~ 2015年2月5日
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白石スキー場の駐車場には5:55着。目覚ましを止めてしまい2度寝したせいで、予定より30分ほど遅くなってしまった。それでも他の車は無く、自分が今日の一番乗りである。今日は地元の小学校のスキー教室が白石スキー場であり、そのボランティアをすることになっていた。せっかく平日に休みを取るので、欲張ってスキー教室の前に不忘山に登ろうと考えた。自分にとって朝駆け登山は珍しいことではない。特に不忘山は自宅から近いので度々朝駆け登山をしている。なのでソロで登るときはかなりシビアに時間が読めるのである。

  山域山名   蔵王連峰 不忘山(1,705m)
  山行期間   2015年2月5日(木)
  山行形態   山スキー
  天候      晴れ
  参加者    単独
  行程      白石スキー場6:05~ゲレンデトップ6:44~山頂8:11~白石スキー場8:46
  行動時間   2時間41分
  移動距離   8.0km (GPS計測)
  累積標高差 +893m -876m (GPS計測)




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by torasan-819 | 2015-02-05 22:11 | 山スキー | Comments(6)
2015年 02月 03日
41年ぶりの東京タワー
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1月31日~2月1日は東京へ行っていたのだが、東京タワーになんと41年ぶりに登ることができた。中学校の修学旅行で行って以来なのだ。昭和33年竣工の東京タワーは自分と同級生とも言える。同じ年月を重ねてきたのかと思うと、単なる鉄塔以上の感慨を感じてしまう。今やレトロ感さえある昭和の香りプンプンの東京タワーは、自分のような世代にとってノスタルジックな想いがこみ上げてくる場所となっている。観光客もはとバスツアーの中高年が大半だ。そう言えばその当時の東京タワー土産は、金ぴかの東京タワーの置物が定番だった。ご存知のとおり東京タワーの高さは333m。自立式の鉄塔としては完成当時世界1の高さであったという。大展望台(高さ150m)と特別展望台(高さ250m)があるが、まだ登ったことのなかった特別展望台に登ってみた。超高層ビルが林立する現代では特別高いとも思えなくなったが、当時の東京では素晴らしく高い場所であり最高の眺めであっただろう。
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翌日はスカイツリーへ。東京タワーの54年後に完成したこの塔は、構造が鉄骨の電波塔という点が東京タワーと共通だが、外観は相当違っている。高さ634mのスカイツリーには、天望デッキ(350m)と天望回廊(450m)がある。天望デッキでも東京タワーを凌ぐ高さなのだ。スカイツリーに来る人達は若い年代と外国人が多く、東京タワーとはかなり異なる。せっかくなので天望回廊まで登った。東京タワーを見る目線がやや下向きとなることで高さを実感する。東京タワーとスカイツリーの外観でいえば、どちらかというと自分は東京タワーの繊細な構造に美しさを感じてしまう。単なるノスタルジーからくる感覚なのかも知れないがそうなのである。ちなみにどちらも設計は日建設計(東京タワーは内藤博士と共同設計)であるという。山には登らなかったが高みには登った週末だった。

by torasan-819 | 2015-02-03 23:40 | その他 | Comments(6)