2009年 05月 03日
鹿頭山(里山歩き)
鹿頭山と書いて「ろっとうさん」と読むらしい。
福島県の伊達市霊山町にある里山だ。
1/25000地形図には標高しか記されていない山だが、ebiyanさんのブログに書かれていたのを見てこの山を知った。
このあたりは数限りなく通過しているのだが、小さな登山口の看板さえ気づかず全然知らなかった。
飲み物を買った商店のおばちゃんに聞いたら、山開きは今年で7回目くらいになるらしい。
今日は1人ではなく、先月の湯殿山でも一緒だった「あんちこさん」を強制的に拉致(笑)し一緒に登ることにした。
滝ノ沢登山口には立派な看板があり、ここより登る。
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# by torasan-819 | 2009-05-03 21:48 | | Comments(2)
2009年 04月 30日
大東岳・小東岳(長靴山行) ~ 2009年4月29日
昨日は朝に子供の用事があり朝早い出発ができなかった。
なので近場でまだ登ったことのない大東岳(1,365.8m)に登ることにした。
今の時期残雪がどの程度あるのかも興味のあるところ。
登りは「表コース」で下りは「裏コース」を歩くことにする。
「秋保ビジターセンター」に寄るが特に目新しい情報は無かった。
登山口には既に10数台の車があり、おっ人気コースなのか?と思った。
しかし後でわかったのだが、どうも大半の車はこの日あったイベントか山菜採りのようだった。
登山口が標高365mくらいなので、山頂までちょうど1,000mを登り上げることになる。
登り始めたのは10時57分だった。
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# by torasan-819 | 2009-04-30 21:57 | | Comments(6)
2009年 04月 25日
雪形
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この時期になると蔵王に「水引入道」が現れる。
山肌の起伏に応じて残された残雪を入道と見立てているのだ。
画像は4/23に撮ったものだが、○囲みの中に右斜めに傾いた杖をついた老人が見える。
このあたりではこれが現れると田んぼに水を引く時期ということになる。
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山々の雪解けとともに姿を現す「雪形」は全国各地に様々なものがある。
雪形は昔と違って農事暦としての利用価値は薄れたが、東北では人々の間に今も生き続けているのだ。
雪形の概念があるのは世界でも日本だけというから日本人の感性なんでしょう。
月にもうさぎを見た日本人の感性。
未来にもつながって欲しいもののひとつではないだろうか。

# by torasan-819 | 2009-04-25 10:00 | | Comments(0)
2009年 04月 24日
タラノメ・コシアブラ
今日はタラノメを少々ゲットした。
山の上の伐採地でだが、既に先人がほとんど取り尽くした後だったので小さいものしか残っていなかった。
でも今日の夕食のおかずにするには十分すぎる量が取れた。
コシアブラは昨日たまたま見つけたもの。
両方とも天ぷらにして食した。
やっぱり天然の物は美味いね~
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続き

# by torasan-819 | 2009-04-24 23:56 | 食いもん | Comments(4)
2009年 04月 20日
湯殿山 ~ 2009年4月19日
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19日は山形県の湯殿山(標高1500m)に登った。
友人と共に前日から山形入りし道の駅にしかわで車中泊。
この道の駅は温泉も併設してあるのが利点。
トイレも駐車場近くに独立した建物となっているので便利。
車中泊には二重丸の場所で、オイラ達の他にも何台も車中泊の車がいた。
友人と車中で宴会となったがかなり飲んでしまった。
でもぐっすり熟睡で翌朝は快調。

さて今回の湯殿山は単独行が好きなオイラには珍しくガイドツアーに参加した。
単独行ばかりだとたまには人恋しくなる(笑)
ガイド3名+参加者29名の大所帯。
しかも女性が7割!
たまにはこういうのもいいかも。

湯殿山は山頂までの道が無い。
だから積雪期~残雪期に雪を利用しなければ容易に山頂には立てないのだ。
ガイドさんによると以前は毎年4月29日に湯殿山ツアーをやっていたそうだが、この頃は10日ほど開催日を早めているという。
雪の少ない今年はこれでも遅いくらいのようだ。
まあしかし標高400m程度の場所にも雪は残っているのだからさすが豪雪地帯。

続き

# by torasan-819 | 2009-04-20 05:30 | スノーシュー | Comments(7)
2009年 04月 15日
読書 「忘れがたい山」
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「忘れがたい山」は池田昭二さんという方の若い頃に登った山のエッセイというか山行記だ。
感想から先に言うと大変面白かった。
読む人により受け取り方は様々だろうが、オイラにはとにかく面白かった。
「山」をやる人は是非読んで貰いたい1冊だ。

この方は昭和2年生まれだが、昭和20~30年代の若い頃の山行を書き綴っている。
当時の記録を残していて、記憶もたどりながら書き起こしたようだ。
ヒマラヤなどの海外登山もやった方だが、若い頃は地元の山をかなり精力的に登っていたようで、この山行記も鳥海山や飯豊などを中心に11編が納められている。

「元旦の出羽丘陵単独横断」では、厳冬期の山形から新潟への県境越えでルートを見失い食料もなくビバークを余儀なくされ、なんとか助かっている。
「二本のピッケルと胃袋四分の三を犠牲」では、雪庇から墜落した時にザイルで助かったがそのザイルで胃を痛めてしまい、四分の三を切除している。ちなみに池田氏は23歳の時に結核で肺の片方を失っているが、この本にあるように健常者と伍して、いやそれ以上に厳しい山行をしている。
また「九死に一生の新婚旅行」では、一週間もの休暇を山以外に浪費すると悔いが残る(笑)と、なんと計画していた新婚旅行をキャンセルし、新妻を連れて鳥海山に5泊の山行に出かけた。しかし11月の鳥海山のこと、猛吹雪に遭い新妻が「大丈夫なの?私たち」とつぶやき、疲労困憊で「私ここで死んでもいい」と弱音を吐いたとの淡々とした記述には、その緊迫したその場面を思い浮かべるとともになぜかしら笑ってしまった。
離婚しなかった(たぶん)奥さんは凄い人だ。

凄い山を登ったというような話はまったく無いが、標高1000m以下の山、地元の山での密度の濃い山行が多いのも特徴だ。
その内容たるやかなり無茶していて、よくもまあこれで問題にならなかったなとかクビにならなかったなと思わせるようなエピソードばかり。
帯に「帰ってきたっ これでまた山に登れる!」とあるがまさにそんな内容だ。
現代と比較すれば情報も装備も格段に貧弱な当時にこんなことをやっていたとは。
なんとも「冒険」の臭いがプンプンである。

若気の至りとも言われてしまいそうな山行記だが、50年も前のことで時効だから書けたのだということもあるだろう。
たまたま遭難して死ななかったからこそ書けたのだとも言えるだろう。
でも著者はなにも若い頃の冒険談を自慢したくて書いたのではない。
自分では忘れてしまいたい失敗談をあえて披露しているのだ。

オイラも半ば呆れながら読んだ部分もあったが、そんな無茶ができた「若さ」に何かしら胸がとても熱くなった。
常識人には眉をひそめられるような行動もあるかもしれないが、地元の山々に果敢に挑み続けたその「若き精神」にオイラは心揺さぶられた。
時代も年齢も違うがオイラもこんな「山」をやってみたいと心底思う。

現在の日本でこの山行記と同じことをやったら、間違いなく「無謀」とか「非常識」とか非難され責任を取らざるをえなくなるだろう。
しかしとんでもない「先生」がいたものだ。
そう、なんと著者は教職であったのだ。
でもそんな無茶しても少々のことは包容してくれたおおらかな当時の社会が懐かしいし羨ましい。
なお、池田氏は長らく昭文社「山と高原地図 鳥海山」の執筆を担当していた方でもある。

なお、この本は秋田県の無明舎というローカル出版社が発刊した本だ。
この無明舎は東北の自然、歴史、伝承、風俗などを題材とした味わいのある書籍を出版している。

# by torasan-819 | 2009-04-15 05:15 | | Comments(0)
2009年 04月 15日
読書 「劔岳 <点の記>」

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しばらく前(今年1月)に新田次郎の小説、劔岳<点の記>を読んだ。
400ページ以上の文庫本だが面白くて半徹夜も含めて数日で読んでしまった。

ウィキペディアによると点の記(てんのき)とは「基準点(三角点・水準点・基準多角点など)設置の記録のこと。測量の戸籍ともいえるもので、1888年(明治21年)以降の記録が保存されている。国土地理院にて照会する。三角点には、一等三角点、二等三角点、三等三角点、四等三角点がある。現在国土地理院で発行している地図は、陸軍参謀本部陸地測量部の測量(明治時代)による5万分の1地形図が原型」とある。

測量の基準となる点を設置する経過や状況などが書かれているようだ。
オイラも以前は仕事で簡単な測量をしていたこともあるが、点の記についてはそう言うモノがあるという程度しか知らなかった。
この小説は劔岳(地図では剱岳)に測量の三角点を設置するために、当時の陸軍参謀本部陸地測量部の柴崎芳太郎らが登山したという事実を元に小説にしたものだ。
当時の劔岳は山岳信仰の山として登ってはならない山・登ったら生きては帰れない山とされていた。

剱岳(つるぎだけ)は、飛騨山脈(北アルプス)の立山連峰にある標高2999mの山で富山県の上市町と立山町にまたがっている。
一般登山者が登る山のうちでは危険度の最も高い山とされてるようだ。
日本での近代登山の初期である明治40年に測量のために劔岳に登った男達がいたのだ。
今から見ればお粗末な装備しかない時代に。
しかも登山道なんて無くまったくの自然のままなのだ。
まさに道無き道で自分たちで道を見つけていくのだ。
そしてやっと登りついた山頂には驚きの事実があったのだ…
どうです興味そそられるでしょ(笑)

この小説は映画化され昨年既にクランクアップ。
テレビでもPRしているので知っている人も多いだろう。
今年6月20日に封切りだが、全国47都道府県を監督自ら行脚して特別試写会をやっている。
オイラも申込をしたが残念ハズレたようだ。
封切りが待ち遠しい。

# by torasan-819 | 2009-04-15 01:24 | | Comments(2)
2009年 04月 12日
一切経山 ~ 2009年4月11日
4月11日は吾妻連峰の一角、一切経山(1,948.8m)にスノーシューで登った。
8日に観光有料道路磐梯吾妻スカイラインが開通したので、標高1,575mほどの浄土平駐車場まで車で行ける。
通行料金が1570円で浄土平駐車場も410円なので計1980円、ちと高い。
でも下から登るとなるとスノーシューハイキングどころではなくなるので致し方なし。
しかも今年は積雪が少ないし雪解けもかなり早いので、この機会を逃すともうスノーシューでは歩けなくなるかもしれない。
同行者はスノーシューが今年2回目となる友人のベンチさん。
距離も標高差もほどほどなのでベンチさんにも楽しんでもらえるだろう。
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続きます

# by torasan-819 | 2009-04-12 15:13 | スノーシュー | Comments(2)
2009年 04月 06日
開花
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ソメイヨシノが昨日(4月5日)に開花した。
ウバヒガンザクラなどは既に咲いていたのだが、サクラといえば世間一般にソメイヨシノとなる。
オイラの住んでいる宮城県でも一番早い開花だろう。
今週末が見頃のはず。
久しぶりに夜桜見物でもやってみようか。

# by torasan-819 | 2009-04-06 21:36 | | Comments(4)
2009年 04月 06日
刈田岳 ~ 2009年4月5日
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4月5日(日)は蔵王の刈田岳(1758m)にスノーシューで登った。
午後3時帰宅を女房殿に厳命されたので手近で時間の読めるところにした。
登り口は宮城蔵王高原ホテル前(標高1100mくらい)。
ちなみにすぐ隣が「みやぎ蔵王スキー場すみかわスノーパーク」でこの日もボーダーが滑っていた。
このスキー場のリフトを3本乗り継げば1380mくらいまで上がれてしまう。
でもそれではお気軽コースになってしまうので、今日は下から登り上げることにした。

続きます

# by torasan-819 | 2009-04-06 12:50 | スノーシュー | Comments(0)