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2012年 03月 03日
映画「エンディングノート」
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いい映画だった。じんわりと泣けた。
題名になっている「エンディングノート」とは、「万が一の時に備えて、家族への伝言や、病床に伏した場合の介護・治療法、葬儀・埋葬方法、財産・保険・クレジットカードについての情報、家系図、自分史など多岐に亘る項目について健康なうちに書き留めておくもの」だという。遺言状ではないので法的な効果はないが、自分でこうして欲しいという望みや、残された家族が困ったりしないように様々な事柄を書き留めておくのだという。ちなみにエンディングノートとは誰が言いだしたか和製英語らしい。




この映画はとある男性の人生終末期におけるドキュメンタリーなのだが、監督の砂田麻美さんはなんとその男性の次女なのだ。どうもこの家族は日頃からお互いを撮影するのが普通のことらしく、カメラが回っていてもごく自然体なのが驚きでもあった。映画の主人公砂田知昭さんは、日本の高度経済成長期を支えた多くの熱血サラリーマンのひとり。医者の息子として生まれ、医者になることを嘱望されもしたが、どうにも馴染めず大学は経済学部へ。そして企業の営業畑一筋にサラリーマン人生を駆け抜け、気付けば役員になって67歳まで働き続け退職。さてこれから第2の人生をと楽しみ始めた矢先に、毎年受けている検診でガンが見つかった。しかも既に末期で手術はできない。自分の終わりが近いと悟った砂田さんは、エンディングノートを作り始めるのだ。仕事で培った段取り力で様々なことを考え決め残していく。葬儀は近親者でと決めたものの、そこは会社人間の砂田さんで、伝えて欲しい友人知人も「近親者」としてリストに載せ、勤めていた会社の人事部にはこんな感じの言葉でと、なんとも細やかに気配りし段取りしていくのだ。何もそこまでとも思うのだが、それがまた砂田さんの毎日の活力にもなっていたように見えた。砂田さんの実家は仏教だが、葬儀会場を教会に決め、そのために洗礼を受けてクリスチャンになるのがなんとも日本人的であるのだが、葬式仏教へのアンチテーゼにもなっている。ともあれ、映像で見る砂田さんは淡々と自分の最後に向けて進んでいく。でも砂田家の家族のお互いへの愛情や想いは、その日常を映した映像から痛いほど伝わってくる。映画では砂田さんが自分を語る形でのナレーションが入るのだが、それを監督で次女の麻美さんが語っていて、素朴で淡々とした語り口がどこかユーモアも感じられ印象的だ。砂田さんは孫を溺愛する、世間のどこにでもいるようなおじいちゃんでもあるのだが、孫にかける言葉、見つめる眼差しに、「命をつなぐ」こと「命を託す」ことの思いを強く感じる。日本のいや世界のどこにでもいそうでいない家族。人はひとりひとりが希な存在。その希な存在が寄り添いできる家族という集合体もまた、希な存在であることを強く感じた。

砂田監督はとある映画祭で、「これは死を皮肉っているのか? カメラを回すのではなく、ほかに家族でするべきことがあったのでは?」との質問が出たときにこう答えたという。
「この映画の編集は、父親が亡くなってから3か月後に始めました。そのころは希望がなくなってしまったようで、食事をしても旅行しても、何をしても楽しいという気持ちが持てなくなってしまいました。なので父親が生存していたころの、楽しかった時間の私に戻りたかったというのが映画を作り始めた理由です。もう一つは、父親が死んだことはすごく悲しいことだけど、父親と過ごした最期の5日間にたくさんいろんなことを貰ったと思ったんです。それは生と死は対極にあるのではなく、一本の線で繋がっていて、そして父親から(生の)バトンを渡されたような気持ちになりました。それが、私にとっての希望となったんです」と映画を作った理由を説明。続いて「日本人は死について公で語ることはあまりありません。 だけど今回、死は悲しい事だけではないことを父に教えてもらいました。そのことをこの映画に込めたつもりです」と答えたという。

死の迎え方は千差万別。思いがけなく突然この世を去ってしまう場合も多いのだ。ある程度段取りして死を迎えることができるということでは、ガンというのも悪い死に方ではないとさえ思えた。この映画を見て次女に感情移入した人、奥さんに感情移入した人様々だろうが、自分はやはり砂田知昭さんに感情移入し、自分を重ね合わせてエンディングノート作りを疑似体験することとなった。この映画はいい人生を送れた家族の話だろう、世の中はもっと悲惨な人が多いのにという人もいるだろう。このような最後は望んでもそうそう得られるものではない。しかし、この映画に流れる普遍的なもの(思いやりと家族愛)は、誰しもこうありたいと思うのではないだろうか。それにしてもここまで死に向き合い、最後を見取れた(見取ってもらった)砂田家は幸せというものだろう。砂田家のご家族がこれからも幸せでありますように。


主題歌はハナレグミというユニットの「天国さん」という歌。
じんわりといい歌だ。


「おとうちゃま ありがとう」と
別れの言葉をかけると
母はホッペを ぴかぴかに輝かせ
いつかの泣き虫 ちえちゃん の顔にもどっていた
あるよ あるよ そこにあるよ
いつも そこにあるよ

「生前父は‥」と言ったとたん
父はあふれるままに泣きくずれた
肩をふるわせ身をよじらせ ちぎれて泣く父は
いつかの泣き虫 あっちゃん の顔にもどっていた
あるよ あるよ そこにあるよ
いつも そこにあるよ

最後に じいちゃんは 宝のありか 教えたのさ
心のありかは 気づけばいつも そこにあるんですよ‥と
あるよ あるよ ここにあるよ
いつも ここにあるよ

by torasan-819 | 2012-03-03 18:14 | 映画 | Comments(2)
Commented by makikuni at 2012-03-06 16:56
二十日平ではお世話になりました。牧○です。南会津では雨に降られ、滑らずに関東に戻りました。また、ご一緒させてください。
エンディングノートご覧になったんですね、いい映画でしたよね。
「ガンというのも悪い死に方ではない」、私も同感です。本人にも家族にも、その方がいなくなるという心の準備をする時間をくれますから。
Commented by torasan-819 at 2012-03-06 18:25
makikuniさん
大変お世話になりました。
月曜日は雨で残念でしたね。
こうなったらもう春スキーですが、ザラメになるまでが中途半端でなんともです。
エンディングノートは気になっていた映画でした。
砂田家の家族の目線がホンワカとなんともいい感じでした。
次女のキャラにも助けられているのかもしれません。
自分が砂田さんの立場だったらあんな風にできるかというと…無理です(笑)
きっと山に行ってしまうだろうなぁ~


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