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2014年 11月 17日
山岳映画「運命を分けたザイル2」
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奇跡の生還を果たしたジョーは、以前のようには歩けなくなるという医者の言葉とは裏腹に、6度の手術を繰り返しハビリを続けて登山に復帰するまでになっていた。しかし、山には登り始めたものの、以前とは何かが違っていることに気付くジョーだった。そのジョーが尊敬する登山家がトニー・クルツだが、彼は1936年にアイガー北壁に挑戦し非業の最期を遂げている。ジョーはトニー・クルツの足跡を追うようにアイガー北壁を訪れ、部分的にだが実際に登る。映画は過去のトニー・クルツと現在のジョーをオーバーラップさせながら、ドキュメンタリータッチでトニーの悲劇を描いていく。トニーもジョーもザイルが生死を分けたのだが、一方は生還し一方は死んだのだ。この悲劇は最近では映画「アイガー北壁」にもなり自分も見たのだが、ナチス政権の国威発揚に利用されていた側面も描いていた「アイガー北壁」とは異なり、この作品はトニー・クルツとそのパーティーを淡々と描いているのが印象的だった。登山はたとえパーティーで登ったにせよ、極めて個人的な行為であると再認識した次第。

by torasan-819 | 2014-11-17 23:20 | 映画 | Comments(2)
Commented by tabi-syashin at 2014-11-20 22:40
個々の持ちうる価値観の違いでしょうか? だとすれば 分かる気がします。事例もたくさん経験させられました。

パーティであっても 死ぬ身と 生還する身とがあるわけですが、登る思いには実は様々な個人の標高点があったりします。
他者を見ず、自分の想いだけが先行すれば、その標高点は否が応でも 他者をも引き上げさせることになります。
達成感があるのだとすれば 個人にもそれは存在するだろうし パーティとしても同時に存在するからです。
そこの違いに気がつかないと パーティは崩壊します。遠征や レベルを高くする時に悩む点です。すごく重要な点です。
Commented by torasan-819 at 2014-11-21 07:15
tabi-syashinさん
おっしゃるとおりパーティーで目指す山頂であれ渓であれ、個々人が思っている「標高点」は様々ですね。
その違いを認識し少しでも埋めるべく、事前ミーティーングなどもしてみたりするのですが限界はあります。
それが山行に事前には想定できない変化をもたらし、面白かったり、歯がゆかったり、場合によっては破綻したりするわけですが。
私の場合、ソロで山を歩き始め、パーティーに入れてもらい、山岳会に入ってと環境は変化してきましたが、個人とパーティーのことはずっと考え続けてきました。
とは言っても山に向き合うさしたる思想も持ち合わせてはいないのですが(^^ゞ
でも結局自分は「エゴイスト」なんだなあと思うところ多々です。
私が山岳会の中でもちょっと異端児的な所があるのは、そんな性格というか人間性から来ているのでしょう。


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