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2018年 07月 31日
歴代マイカー備忘録
マイカー備忘録を別な場所に置いていたのだが、整理することにしたのでこちらに移植した。
40年以上運転しているのでマイカーも数だけは乗り継いだ。歴代のマイカーを並べてみると、給料も安かったからだが全然いい車には乗ってないとしみじみ思う(笑) 若い頃の一時期を除いて車にはあまりこだわりがなく、走って曲がって止まればいいと割り切っていた。買った時期など記録するほどマメではないが、乗った順番はだいたい覚えている。結婚前後からは女房の車も含めているが、なぜか女房は新車ばかりなのが気になる。自分は個人売買で手に入れることが多かった。友人知人から買ったり、ネット時代前は雑誌の売買欄で見つけて連絡を取り、東京、埼玉、長野などに電車で行っては乗って帰ってきたものだ。ネット時代の今から思えば随分と手間がかかっていたのだが、当時はすべてそんなものだった。名義変更やユーザー車検など、自分でやれることは極力やって経費を節約した。安いだけに当たりはずれもあり、安物買いの銭失い的な車もあった。解体屋巡りをして部品取りもやった。ブレーキパッドの交換を始め、ジムニーでは足回りをそっくり交換したこともあったが、リフトを使わない作業なので工夫が必要だった。そういえばボルトの閉め忘れでドライブシャフトを落としたこともあった。板金塗装も何度かやってみたが、素人以下の出来栄えだったのは懐かしい思い出だ。電子機器も付いてなく、もちろん排気ガス浄化装置もない昔の車はエンジンルームもスカスカで、まだ自分でいじることのできる余地があった。チープな自分の車ライフはそんなものだった。今は昔の物語…

トヨタ スターレット 1300cc 初めてのマイカーは新車。後輪駆動だが悪路に強く気分はラリードライバー。17万キロ以上走行。
スバル レックス 550cc 女房の車で新車。高回転が楽しいエンジン。
フォード フェスティバ 1300cc 衝動買いの新車でサンルーフ付き。10万キロ以上走行後個人に売却。
ミツビシ ミニカ 550cc 繋ぎに2万円で購入。車検残期間だけの短命車。
トヨタ コロナ 1800cc 10万円で購入。車重1トン未満の軽量車。アイスバーンでスリップし修理せず廃車。
ニッサン リベルタビラ 1700cc ディーゼル車。10万円の足車。タイミングベルト切れて修理。
トヨタ ビスタ 2000cc 知人から33万円で購入。ATだが12km/Lと好燃費。パワステ壊れたが17万キロ以上走行。
トヨタ スターレット 1300cc 知人から4万円で購入。軽快で燃費良くしばらく乗った。
トヨタ マークⅡ 2500cc 長野で14万円くらい。事故であえなく廃車と短命。
トヨタ マークⅡ 3000cc 埼玉で6万円。2年乗って5万円で売却。直列6気筒だがヘッドガスケット吹き抜けて修理。
ダイハツ アトレー 660cc 中古10万円の軽1ボックス。パートタイム4駆。故障で後輪駆動の2駆になってしまい短命。
マツダ ファミリア 1500cc 東京で走行距離わずか9000kmのセダンを5万円で購入。程度良好で軽快な走りしばらく乗った。
ダイハツ ミラ 660cc 女房の新車。CVTでフルタイム4駆なれど好燃費。これ以降女房車は4駆オンリーに。
ニッサン プレーリー 2000cc 新潟で48万円で購入の4駆。鈍重だが使い勝手は良い。小修理が多かったがしばらく乗った。
ダイハツ ムーブ 660cc 女房の新車。CVTでフルタイム4駆。年に2万キロ以上走行。
ホンダ ステップワゴン 2000cc 山形で105万円で購入の4駆。18万キロ近く走行。サス交換で走りはいいが腹が低い。
ダイハツ ミライース 660cc 女房の新車。CVTでフルタイム4駆。現在も走行中。
三菱 デリカⅮ5 2400㏄ 福島の知人から11万キロ走行車を25万円で購入。4駆以外何もついていないベーシックグレード。

以上の車と平行して4駆の遊び車を持っていた時代もあった。
スズキ ジムニー 1000cc 貴重な1000cc。トライアルのまねごとを。
スズキ ジムニー 550cc 名車のSJ30。崖から転落九死に一生。
スズキ ジムニー 550cc やっぱり2ストジムニーは面白い。
スズキ ジムニー 360cc 名車のSJ10。結局ナンバー取らずじまい。
ミツビシ ジープ 2400cc ガソリンのJ56と言えばわかる人はわかるナローボディ車。

日本の自動車メーカーではイスズだけ所有しなかったのが残念。
残りの人生であと何台の車に乗れるだろうか…



by torasan-819 | 2018-07-31 06:55 | 備忘録
2013年 06月 18日
それは登山者自身のうちにある
時々のぞかせていただいている西山秀夫氏のブログ小屋番の山日記に掲載されている、ある方の文章が印象深い。
登山家跡部昌三氏の言葉なのだが、以下に転載させていただき備忘録としたい。

 「悪天候は人を死地に追い込むためにあるのではないということである。厳冬1月も寒冷さ、風雪の狂う高所では、人の生存を拒否しているようであるがそこへ登ろうとするものは、それがどのようなものかは、すでに分かっているはずである。また、それに立ち向かう自由と、さける自由は登山者自身に許されている
 「その五体を安全に守ってくれるのが、山の常識であり、山の技術である。知識だけではなく、ことにのぞんで反射的に行使されるまでに身についていなくてはならない。それは何も高度な技術を要求していない。要するに山での危険というものは、山にあるのではなくて登山者自身のうちにある、ということを、はっきり知っておくことである。」
文:跡部昌三 東海銀行山岳部「さすらい」2号(昭和38年)の寄稿

含蓄の深い言葉である。特にアンダーラインをした部分に、山へ向かう者の心構えが凝縮されているように思える。

by torasan-819 | 2013-06-18 04:45 | 備忘録 | Comments(5)